HAPPINESS
「クリスマス?」
「そう。タッキーのいた世界では、このくらいの時期にケーキとか肉とかご馳走を身近な人と食べて、誰だかの誕生日を祝うんだって」
タッキー
その名前にオクトは苦虫を噛み潰したような顔をした。
あぁそうだっけ、と思い出してタレンは反対に笑い出す。
タッキーと言うのは乾季の頃にやってきたコールスリ・カルナラ中尉にそっくりな男のことだ。
そっくりなのは外見だけで中身は180度、とまではいかないがまぁそれに近い程度に反対の、明るく快活な青年だった。
なにも考えてないような豪胆な人物に見えて繊細な心をもち、さりげない気遣いのできる男。
昨日部屋で荷物の整理をしていたら顔がパンでできている人形がでてきて、タレンの頭に彼との記憶が甦ってきたのだ。
そのタッキー、酔ってオクトにキスしてきたことがあり、オクトにしてみれば苦手(敢えてこういう表現にしておく)な中尉に似た顔が近付いてきたわけだから、彼の存在はオクトの中では地雷中の地雷と言えよう。
「誰だかの誕生日ってみんなで祝わないといけないのか?」
「さあよくわからないけど、そういうことをして過ごすって言ってたんだ」
「いつ?」
「いつ…って言われても…確か中尉の母上にお会いしたとき…だったかなぁ」
随分前の話だから詳しくと言われても中々思い出せない。
だけど、彼がこういっていたのだけはしっかりと覚えていた。
「好きな奴と過ごすクリスマスが世界で一番幸せって言われてんだ。親や兄弟、友達とか、恋人同士とか…タレンさんにもいんだろ? だったら一緒に祝ってみなよ。楽しーぜ?」
恋人。
それにオクトが当てはまるかは分からない。
でも好きであることには間違いないと思う。
好きでなければ、これほど彼の行動が気がかりにならないはずだから。
「まぁ僕としてはタレンと一緒にいられるのならば何でもいいけど」
オクトはニヤリと笑ってタレンの肩を掴んだ。
「いつクリスマスするんだ?」
耳の後ろに唇を寄せられて思わず体が震える。
優しく吸われると、甘いものが這い上がってきた。
「こ、今度……」
それを言うのも立っているのもやっとで、タレンは目じりに涙を溜めてオクトの腕にしがみ付いた。
クスリと笑われて、その柔らかな空気だけでも感じてしまう。
「可愛い」
「可愛くなんかっ……ンンッ」
滑る舌で耳を嬲られながら低い声で囁かれた。楽しみにしている、と――。
約束の日。
待ち合わせは外だった。
昔はすっぽかされたりしたっけ、と思いながら建物の側壁に背中を預けていた。
ダナヤは雨季の最中。
今はあがってはいるが直ぐに空は泣き出すだろう。
ぼんやりと物思いに耽っていると視界の端に長身が入ってくる。赤茶色の巻き毛が雨で湿気で少し広がっていた。
タレンが手を上げると足早に寄ってきてニコリとされる。こういう何気ない表情にタレンは弱かった。
オクトはタレンと肩を並べると手にしていた袋を手渡した。
「え? なに?」
「プレゼント。クリスマスにはこうするんだそうだ」
「えっ? そんなことタッキーは一言も……あ! まさか……」
少し前に耳に入ってきたことを思い出す。
コールスリ中尉とマイル・オクトが一触即発。
タレンがまさかまさかと呟いていると、オクトが口をへの字に曲げて息を吐いた。
「タレンに喜んでもらおうと思って態々頭を下げたんだから、喜んでくれよ」
そんな恩着せがましく言われてもと普段なら噛み付くだろうに、なぜか涙が出そうになる。
「……なんで泣きそうなんだ?」
「う、るさい」
態々。
そう態々してやったという行為なのに、コレほどまでに感動するのは何故だろう。
自分のために苦手(以下略)な中尉に頭を下げてタッキーの棲む世界のことを聞いてくれたのだ。
袋を持つ手に力が篭る。
「お…俺、知らなかったから、何も用意してないよ」
「いいよ。僕がタレンに喜んでもらいたかったんだから」
「……うん」
「もし、タレンが何かをプレゼントしてくれるというのなら……」
君が欲しい。
素直なタレンの言葉は降り出した雨にかき消されることはなく、オクトの耳に届いた。
周りが見えないような雨の中、連れて行かれた場所で熱く口付けを交わす。
息が上がりそうな激しいキスだった。
キスだけで、キスだけで前が膨れて痛くなっていた。
自分のどこにこんな情熱が隠されていたのだろうとタレンが不思議に思うほどキスに夢中になっている。積極的に舌を絡め、オクトを求めた。
「今日のタレン、凄い……」
「ハァ……ッ」
唇が離れると唾液が糸を引き、柔らかに煌く。
雨のシャワーが外界との自分たちのいる空間を隔てているせいだ。
服にかかる指を見ながらそう思った。
自分もオクトの服に触れると彼は少し驚いた顔をしたが、何も言わずに黙って指を動かした。
程よく筋肉の乗った、若い体。そこに触れ、抱きしめながらベッドに押し倒した。
「重っ」
思わず出たタレンの言葉に「色気がないな」なんて顔をしながらオクトは体を入れ替えた。
こうすれば重くない、と耳元で囁き、そのまま八重歯で甘噛みするとタレンが小さく鳴いた。
滑らかな背中をすべり、手が丸みのある尻を撫ぜる。
「ふっ……」
息を漏らすタレンのなんと無防備なことか。
若い体は仰け反りつつも素直に快楽を受け入れていた。
いつもの恥ずかしさからくる憎まれ口は噛んだ人差し指に封じ去れている。
首筋に舌を這わせ、胸の飾りをつまみ、そして隆起する下半身に触れると崩れ落ちそうになる。
自分の胸の上に両手を付かせ頑張るように言うと、オクトは前と後ろを同時に触った。
「はぁ…ん……」
最近、タレンの体は随分と柔らかくなったように思う。
昔はずっと硬いままであったのに、最近は触れると解けていくようだ。
それほどオクトに見も心も開いているのかと思うと嬉しくなる。
「好きだよ」
その言葉に、ゆっくりと頷かれる。
ぼやけた瞳がオクトを見て笑ったような気がした。
タレンの先走りとオクトの唾液で塗らした指が後ろを犯す。
衝撃に一瞬だけ体を硬くしたが、彼のペースで動かしていくと、ゆっくりと解れていった。
オクトは自分の中にも随分と余裕が出てきているのだと、そこでわかった。昔は欲しいと思ったらその衝動のままに行動していた。だが、タレンと会ってから…タレンと出会えたから、人としても成長できたのだと思う。
自分の体を震えながら支える腕を手前に倒し、完全に自分の上に体を乗せてしまうと、指を増やしていった。
タレンが怯えないように、一本一本慎重に。
「あっ、あっ、も…やだ…おかしく、なるっ……」
与えられる快楽はタレンには強いようで、オクトの肌に爪を立てながら必死で腰を捩っていた。快楽から逃げたいけれど、逃げてもまたそこに快楽があるわけで、タレンの目じりにはうっすらと涙が滲んだ。
「タレン、もう、いい?」
このむず痒い快楽が終わるのならば。
タレンは必死で首を縦に振り、「お願い、マイル」と縋った。
決して並みとは言えない、オクトのモノを自分の体重を借りて受け入れようとしていた。
恐いと思うのに、目の前の赤茶色の瞳が湛えている優しさに絆されてズリズリと彼を受け入れていた。
「んっく……」
「息詰めないで」
両腕を使って上半身を起こし口付ける。その身にタレンは縋りつき、悲鳴を上げそうになる唇を唇で塞いできた。
その気持ちが嬉しくて、幸せで、愛しくて。
クリスマスと言うそのイベントを教えてくれたタッキーにすら感謝したくなる。
「タレン、タレン……」
熱に浮かされて名を呼ぶと自分の身を抱きしめる手に力が入った。
タレンの中に全部納まってしまうとゆっくりとオクトはタレンの体をゆすった。
「ぁ…ンンッ……」
「平気そう?」
「聞、くなよ……」
涙ながらに睨まれても可愛いと思うだけで、オクトはタレンにはばれない様に小さく笑った。
体をゆする動きも、下から突き上げる動きも、解けてきた体には十分なようで、たっぷりと想いを注ぎ込む。
時折痛くないかと問うと、何度も頷いて大丈夫だと返してくれた。
「好きだよ、タレン。好きだよ……」
この健気さに胸を打たれ、体を反転させて優しく組み伏せた。
ようやく背中に安定が戻ってきたタレンの足を大きく開きながら胸につくように折り曲げ、再び自身を後ろに宛がうとオクトは一気に押し入った。
「ンーーーー!」
衝撃に背筋を反らせ、必死にシーツを掴む。
だがそれ以上に快感は強く、自分からもっといいところを付いて欲しくて腰を揺らめかせた。
今日の自分はどうかしている。
頭の隅でそう思いながら、タレンは目の前の巻き毛を見ていた。
求められる唇の柔らかさ。
舌の熱さ。
荒々しい息。
全て自分を欲しているオクトのものだった。
自分が、誰かに強く望まれているということさえも快感だ。
うわごとの様になども名前を呼ぶと、そのたびに唇が落ちてくる。
口に。
瞼に。
首筋に。
最初からは考えられないほど優しいセックスだった。
「タレン……もう、限界だよ」
「うん、うん……」
ただ、頷くだけ。
もう、自分は何回も達していて、それでももっと欲しくて。
愛している。
その言葉の後に来た歯の食いしばるような小さな喘ぎに、もう出ないと思っていたタレンもまた限界を感じて――。
最後の声はお互いの唇が食んでいった。
そのまま情熱的なキスを繰り返すと、オクトはタレンの首筋に額を落とした。
柔らかな巻き毛がむず痒くて、顎で分けやると、タレンは彼の体を抱きしめて、そのまま意識を手放した。
極上の倦怠感だった。
夢の中で竜紀にあった。
Merry Χmas!
ん? これ? クリスマスの掛け声だよ。
意味なんかしんねーよ。
小さい頃からそう言ってるからそう言ってるだけだよ。
タレンさんも好きな人とクリスマス過ごせたんだろ?
その相手ってオクトさんだろ?
すっげー幸せそうな顔してんだもんよー。
俺も朱雀と一緒に過ごしてるよ。
超幸せ。
悪いけどこれさ、惚気だから。
幸せなときは幸せな顔しないと、それがどっかいっちゃうんだぜ?
あんたもこっちのタレちんと同じでちょっと素直じゃなさそうだから一応言っとくよ。
俺とバイバイしたら一番に言えよ。
もっと幸せになるぜ?
そこで目が覚めた。
ぼやけた視界にオクトの顔が映る。
彼の腕の中で眠っていたようだ。前髪が邪魔そうだなと思って指で払ってやると、オクトが目を開けた。
「起きたのか?」
「ん……」
温もりが離れていきそうで、タレンは慌てて額を胸に押し付ける。
「タレン?」
不思議そうな声。
でも嬉しそうな声。
そうだよなタッキー。目が覚めたら言わないとな。
「マイル」
「ん?」
見上げると幸せそうな顔。
タレンも微笑んだ。
Merry Χmas!