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温度差

 休みの日には、どちらかの部屋で過ごすことが多い。
 今回は、マイルの部屋にいる。

 本を読んだり、行われているイベントの話や、同僚の話。
 全てが他愛のないことばかりだ。だけど俺はその他愛のないことの気楽さがとてもいい。何と言っても恋愛初心者だから。

「マイル、何見てるんだ?」
「フィズ少尉から借りた本」
「へぇ……あの人どんな本を読むんだ?」

 あのマイルが、フィズ少尉にはかなりなついている。

 そう前から思ってはいた。
 組み合わせとしては意外だが、まぁあのフィズ少尉の性格ならばありえなくはないかな、と脳裏に少尉の顔を浮かべながら本を覗き込む。

「ゲッ……おま……」

 妖艶な女性が、全裸でポーズを決めている。

 俺は見る見る間に顔が火照ってくるのがわかった。
 見るに耐えない写真ばかりだから……。

「そっ、そういうの見るんだ……」
「まぁたまには」
 そういえば、彼がノーマルだったことを思い出す。
「タレンは見ないの?」
「みっ、見ない!」
「一回も見たことない?」
「見たことないわけじゃないけれど……そこまで露骨なのは、ちょっと……」

 マイルがニヤリとした。
 それを空気で感じ、俺はギクリとする。
「恥ずかしいんだ」
「そんなことないっ」
「じゃあ一緒に見よう」
 マイルは俺の手を、彼が寝っ転がっていたベッドの方に引っ張る。
 情けない声を上げて、為すがままに彼のひざの上に乗せられた。
「ちょっ……」
「いいから、いいから」

 いや、全然良くないから。

 子供をひざに乗せて本を読む父親のように、マイルはページを捲る。

 うっ、なんで、ここまで、凄いんだよっ……。

 俺はあえて見ないように少し斜め下を向いていた。
 それを知ってか知らずか、低い声が機嫌よさそうに鼻歌などを歌っている。
 その中にページを捲る、紙の音が静かに聞こえた。
「見ないの?」
 吐息がくすぐる様に、俺の耳にかかる。
 わ、わざとだな、コイツ!
 と、すぐに思った。
「一人で読めよ!」
「やだよ、面白くない」
「ふたりで読むような本じゃないだろ?」
「やだ。タレンと読みたい」
「じゃあ! じゃあこの手をどかしてくれっ」

 いつの間にか俺の内腿に手が置いてある。
 アソコに触れるか触れないかの、微妙なポジションで……。

「それもやだ」
「おーまーえーなぁ」
「どかしたらこうやって悪戯できないだろ?」
「あっ、コラッ」
 マイルの指が俺のアソコをズボンの上からさすりだした。
 かっ、感じなきゃいいんだろうけど、なぜか反応してしまう。

 快楽に弱いのだろうか……。

 マイルは調子に乗って俺のズボンの中へ手を入れてくる。
 今度は下着越しに触れられて……瞬時に充血した。
「適度に抜かないと、身体に悪いよ?」
 そのニヤニヤした声がムカつく。
 だけど、触れられるたびに体から力が抜けて、抗えない。
「んっ…ん……」
「本の中の誰よりも、タレンの方が可愛い」
「かわいくなんかっ……」
「その意地っ張りなところも、可愛い」
「だ…からっ……」
 直に触れられて、羞恥心に体が震えてきた。
「もっ……」
「イきそう? イってもいいよ……」
「もう……」
 やめてくれぇぇぇぇぇ!
 身体を引き離そうと腕を振ったら、見事にマイルの顎にジャストミートした。
 一瞬、「あっ」と思ったけど、自業自得だよ、フン!

 顎を押さえてベッドに倒れ込むマイルからさっさと離れて、俺は立ち上がった。
 あっという間に平常に戻った部分をきちんとしまいこむ。
 ちょっと湿ってて気持ち悪い。
 部屋に戻ってシャワーでも浴びよう。

「じゃあマイル、もう今日は一緒にいる理由もないし、部屋に戻るから。また、明日な」

 にっこりと笑い、お大事に、と部屋を後にする。
 
 そしてドッと思い溜息をつく。

 いつもこれだ。

 最後はコレだ。

 ……もっと有意義な休日を過ごせないものだろうか。

 俺とマイルとは、その、付き合うという行為のあの部分が根本的に違う。

 やっぱり恋愛初心者が、あのマイルと付き合っている、と言うこと自体間違っているのではないだろうか。

「でも、結構優しいし、趣味だって合うし、アレの温度差さえなければ……」

 再び溜息をつく。

「どうにかならないかなぁ、アレ……」

 呟いたとき、俺を呼び止めるマイルの声が聞こえた。
 振り返ると、顎が赤い。
 顔は捨てられた犬のような顔をしている。

 ちょっと胸がちくりと痛んだ。

 一度沸いた情は、中々捨てられない。
 捨てる決定打もない。
 だけど、だけどやっぱりあの行為は、受け入れるのに時間がかかりそうだ。

「なぁ、言葉通じる?」
「は?」
 
 マイルは怪訝そうな顔をする。

「もう少し話をした方がいいと思うんだ」

 俺はこの恐竜のような男と、なんとか会話してみようと思った。
 
 俺たちの付き合い方について。

 逃げてばかりじゃやっぱり駄目だよな。歩み寄らなきゃさ。

 嫌な奴、と思ったことはあるけれど、決して嫌いだとは思ったことはないマイルを、俺は見つめた。