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温度差 2

『もう少し話をした方がいいと思うんだ』

 真剣な顔のタレンにこういわれたのが二週間前だった。

 それから、タレンとはあまり会うことの無い生活を送っている。
 別に別れたとか、気まずくなったとかではない。

『もっとお互いをよく考えることがあるはずだ』

 そう言って頑固に僕の言葉を突っぱねるタレンに合わせることになった。

 僕としては、かなり考えて(……考え過ぎて頭がグチャグチャなってあの行動に出てしまったこともあるのだが)いるのだが、タレンには僕はまったくタレンの事を考えていないらしい。

 なので、ここのところタレンに会うのは仕事上の繋がりだけだ。

 久しぶりにあうと、やっぱりタレンは可愛くて、まっすぐで、少しまぶしい。
 そこがやっぱり好きだな、と思う。

 気持ちがあればカラダなんて、とタレンはあの時言ったが、気持ちもカラダもすべて僕のものにしたい、というのはただの独りよがりなのだろうか。
 男だったら、そう思うべきじゃないだろうか。

 タレンは恋愛初心者と言うことを盾に、逃げているだけのような気がしてならない。

 そんなこと考える僕の気持ちは、重いのかな、やはり……。

 過去を思い出して憂鬱な気持ちになった。

 仕事をしていても、何をしても考えるのはタレンの事だけだった。
 お陰でしなくてもいい凡ミスばかりしてしまう。

 頭の悪い上司に怒られて、湧き上がった怒りを静めようと廊下に出た。
 無意識にタレンを探す。
 もう少しで一階のあの廊下を通るはずだ……。

 大臣と歩くタレンの体が小さく見えてくる。

 僕は強く念じた。

 向け。
 こちらを向け。
 こちらを向いてくれたら、また頑張れる。

 
 しかし、それも空しくタレンはさっさと通り過ぎ……僕は自分のやってることに馬鹿らしくて手すりに背を向けた。

 相当憮然とした顔をしていたのだろう。
 僕の顔を見てびっくりして逃げていく奴がいる。
 フン。
 自分でも落ち込むくらいバカな行動だったんだ。それを思い知らせてくれるなよ。

 溜息をつきつつ、僕はもう一度タレンが消えていった先を見る。

 すると……いた。
 
 呆れたような顔をした彼が、僕を見ていた。
 

―――バーーーカ。

 そう唇が動いて、最後に笑ったように見えた。

 僕は手すりから身を乗り出して、同じように唇だけで返す。

 一瞬きょとんとした顔のタレンが、やっぱり呆れたように笑った。

 その日の夜、僕はタレンの部屋を訪れた。

「なんか久しぶりすぎて、緊張するというか……」
 落ち着かないそぶりで彼に言うと、タレンに馬鹿にされ、小突かれながら、僕らは人気の無い逢引に適した場所(と思っているのは僕だけ)に出た。

「マイルと話すの、本当に久しぶりだな」
「ああ」
「相変わらずミスばっかりしてたんだって?」
 
 ちっ。アイツか。おしゃべりめ……

 僕が舌打ちをすると、コロコロとタレンは笑った。

「成長しないな」
「……タレンのせいだろ? タレンの事考えすぎたからこうなったんだ」
「仕事中ぐらい忘れろよ」
「無理。僕の中での優先順位はっ……」
 言いかけて僕は堪らずにタレンを背中から抱きしめた。
 ビクリとタレンの体が強張るのがわかる。
「離れれば離れるほど、タレンへの想いが募るんだ……。タレンの気持ちもわかる。だけど、僕の気持ちも理解してくれよ」
「マイル……」
 手がそっと僕の腕に触れて、二、三度軽く叩かれる。

「えっとな……そのままで聞いてくれよ?」
 腕の中のタレンの温度が、少し上がる。
「俺も…さ。そのさ、知らないけど無意識にお前を探してた」
「……!」
「廊下に出るとマイルの姿探すの癖になっちゃったみたいで、大臣に『なんか変な気配でもあるのか?』って聞かれちゃったよ」

 馬鹿だよな。

 暗闇でタレンは苦笑いする。
 僕は逸る気持ちを抑えて、タレンをまた強く抱きしめた。

「マイルの鼓動が、早い……」
「当たり前だ。好きなやつからそんなこと言われて興奮しないヤツはただの不感症だ」
 
 整えられた襟足に顔を埋める。

「俺も……」
「うん、ドキドキしてる。正常だ」

 きっぱりと言ってやると、ようやくタレンはこちらを向いて、僕に赤い顔を見せてくれた。

「本当に変わらないよな。相変わらずだよ」
「僕は、僕だからな。これでも丸くなった方だと思うよ……?」

 唇を近付けると、瞼が静かに落ちる。

「好きだ……」
 言葉を吸い込む唇が、優しく震えた……。